奄美パーク

3月 28th, 2010

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さて、ここまで来て一村の絵を見ないで帰れません。500円のチケットを買って常設展示場へ。

記念館が出来て数年経った頃に見て以来、久しぶり。

なるほど、展示されている数が増えている。でも・・・。

一村の絵を初めて見たのは小学生の時。ソロバンの試験を受けていた中央公民館だった。

それが、一村の没後初めての作品展だったというのはずいぶん後で知る。

あのときの方がもっともっと多かった。出来上がった作品もすばらしかったけど、スケッチブックの絵も凄く感動した。その辺の感動がない。年のせいかな?

 

順路の最後の方に、”一村の言葉”というのがあった。

私は紬染色工として働いています。有数の熟練工として日給四百五十円也、まことに零細ですが、それでも昭和四十二年の夏まで働けば三年間の生活費と絵具代が捻出できると思われます、そして私のえかきとしての最終を飾る立派な絵をかきたいとかんがえています 工場は海辺の小部屋にあり 空気は清澄然し夏の工場内は地獄の釜の如く蒸し暑く海岸には真黒な南の鷺が餌を漁り断崖には奇異の植物あり南国情緒豊かです。(昭和37年12月 叔父への手紙より)

...そこは大熊です。公民館のそばにあった久野工場はもうありません。

私の絵の最終決定版の絵がヒューマニティであろうが、悪魔的であろうが、絵の正道であるとも邪道であるとも何と批評されても私は満足なのです。それは見せるために描いたのではなく私の良心を納得させる為にやったのですから・・・(昭和43年 知人への手紙より)

...その絵は、大熊の一人の小学生に、絵ってすごいなと思わせました。

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小学生の時、母親と見に行った。この人達どう思ったでしょうね。

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閉館時刻の空

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その下で、ストレリチア...”クェッッ”と鳴いているみたい

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あー、おもしろかったねー。

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