フォレストエッヂ-20X1年2月10日の海賊 藤崎謹吾

2月 27th, 2011

事務所前のシャリンバイは、下枝が屋根の上に伸び、西風の影響でもたれ掛かるような樹形をしている。その枝先にそろった淡緑色の幼葉はうぶ毛に覆われ、西に傾いた陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
同じ西日をうけながら、ケンジとまだ6才のクシーはキャッチボールをしている。ケンジはときどき左腕にはめたiバディに目をやっては、船からの連絡がないことを目視で確認しているようだ。
増えすぎたザトウクジラの個体数がやっと減ってきてはいるが、カツオは奄美近海から遠ざかっていて、今日も船の帰りが遅い。米国と国際世論に配慮した日本の報道は、中国漁船の乱獲の影響としていて、民主党政権下で削除された海洋調査の予算は復活していない。ハイブリッドエンジンで浮いた燃料代はそっくり持って行かれて、漁場が遠くなった分むしろ足が出ている。

いま浮桟橋に接岸しようとしているのはホエールウォッチングの観光船だ。
「すごかったねー。あれ、親子連れだよね。」、「シッポにいっぱい傷があった」、「上で見てた?下で海中から見てたらもっとすごかったのにー」、、、観光客がレンタカーに乗り込んでいく。
ゆるーい空気のなか、ワンバウンドで後にそらしたボールを追いかけるクシーの背中を見ながら、「あ、春になったな」と、唐突にケンジは思った。なぜそう思うのだろう?ボールが転がった先の観光客の車の往来を気にしながら、ケンジはつい考える。
きっと、気温の上昇が五感を刺激しているのだろう。ただ、視覚はむしろ感覚を鈍らせているのかも知れない。クシーの向こうの鳩浜の山は、立ち枯れたリュウキュウマツが逆光の中に白くうかんでいて不気味にみえる。米国から輸入されたマツ材に紛れて侵入した、マツノザイセンチュウという外来種はとうとう放置されたままだった。聴覚の刺激が上回って大きく、普段の雑音が0.6Δtメートル毎秒速く伝わっているのを感じているのだ。それが自分のなかで、冬と春の一線を越えた、花なら咲いているかも知れない。日も長くなってきて、そう言えば立春を過ぎている。と、そこまでケンジの考えが至ったところで、ボールを拾ったクシーが振り返る。
さて、あとどれくらいでキャッチボール終わりにしようかな、骨伝導で伝わった船からの連絡を感じて、「ここまで投げてみィ」とケンジは奄美の方言で言った。

One Response to “フォレストエッヂ-20X1年2月10日の海賊 藤崎謹吾”

  1. umimogura より:

    いい文章ですね

この投稿へのコメントの RSS フィード。 And trackBack URL.

Leave a Reply