だから、学校教育は終わらない(そんな読み方)

4月 11th, 2013

『文明の渚』にもの申したい、何かないかなぁという気持ちで読み始めました、

けっして簡単な内容ではありません、けれど、最後まで他の本をはさむことなく読ませてくれました。あぁ、人文科学系(?)ってこんなに面白いのかと。
フェイスブックで言えば、フロイトさん、ニーチェさん、フーコーさんその他あれやこれやと、知り合いかも?というメールが来たような感じ?

難しいことを優しく丁寧に、遠回りになったとしても手抜きせず、ポイントは語り尽くした感じ(きっと)の本で、読後感がとてもいいんです。
私が本に求めたことの答えは、「私には読者がいない」、残念(笑)。
それと同じ理由で、

その教科書、読者がいない(残念)。
「内面の共同体」が国民国家を作る、という第三章の小見出しを思い出します。
丁寧なだけに(読者の知識が残念なばかりに)、何が主題か忘れてしまいそうになりますが(忘れてても楽しい本です。マルクス主義、構造主義、構築主義の説明など求めた答えの近くをかすめていき、そこにはきっと答えがないだろうとわかりました)、第三章にでてくる「内面の共同体」、これです。最終章で威力を発揮します。「近代文学の終わり」を語った柄谷さんへのささやかな反論だそうだ。
・・・しかし、解釈の更新という形で誰かがその欺瞞を暴くだろう。・・・だが考えてみれば、「終わり」によって小説の全体(=内面)を手に入れようとする読者は、探偵小説の読者と同じではないだろうか。・・・だとすれば、あらゆる小説の読者は探偵小説の読者なのである。だから、近代文学は終わらない。・・・抜粋終わり

同じようにマルクスもアインシュタインも終わらない。だから、ぼくが暴いてほしい欺瞞は暴かれない。
どうでもいいけど(笑)。

青木さんのhttp://honz.jp/24411
内田さんのhttp://blog.tatsuru.com/2013/04/07_1045.php
ということで、
どこへいくのやら、関連あるのやら、読むのやら、

ポチって到着。

2 Responses to “だから、学校教育は終わらない(そんな読み方)”

  1. umimogura より:

    学校教育の終わりは面白い論評ですね。割とすんなり呑み込めました。正否はわかりませんが。

  2. 宝勢丸4代目 より:

    ですよねー、面白いです。内田さんにしては過激なタイトルかな?
    カントも読むことに、、。村上春樹はどうなるでしょう。

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