大熊からの発想

7月 20th, 2013

やっと入手しました。

『地域主義の源流を求めて』(昭和55年発行)

7章大熊のカツオ船

奄美大島の名瀬市の市街地から名瀬湾沿いに北上し、東に大きく切れこんだ入江が大熊(だいくま)港である。この入り江にのぞむ、人口1,200人、戸数270戸の集落を大熊とよぶ。名瀬市の中心地からバスで約20分のところで、名瀬市に合併される前は三方(みかた)村に属していた。この集落に宝勢丸(59トン)、金鉱丸(59トン)という二隻のカツオ船がある。

この二つのカツオ船が注目されるのは、均等出資、平等就労、均等配分の三原則をかかげて見事にそれを実現させている点にある。二つの船が原始共産制ともいうべき三原則を成立させている背景には、後述するように今もこの集落に色濃く残っている共同体的なシステムがある。

ところで昨今、欧米諸国や日本、つまり先進工業国といわれているところで、労働者の経営参加、あるいは自主管理が論議され、あるいは実行されて、資本主義体制としては注目すべき新しい展開が試みられている。ところが、いまここに紹介するカツオ船の場合は、自主管理はおろか所有の共同化まで徹底させているのである。つまり資本主義のもっとも成熟したところで新しい試みとして追求されているシステムが、実は離島の共同体のなかですでに生かされていたのである。

大熊の二隻のカツオ船のうち、宝勢丸の方は任意組合として1922年(大正11年)に発足(水協法による漁業生産組合の設立は1959年)、金鉱丸は第二次大戦後n1947年に、宝勢丸にならって設立されている。そこで歴史の古い宝勢丸を例にとって、いかにしてこの船が三つの原則を確立し、どのような形で組織の運営をしているかをみてみることにする。

・・・本論は読んでのお楽しみ(?)ということで、、、

四代目、もっともっとワクワクすることしていきたい。どうせならやっぱ学生時代の専門、林学、水文学とも絡めたい。走りたいですね、最先端。でも、趣味の域をどう出るか、舵取りはむずかしいです。

木神さんが宝勢丸を説明するときつかうフレーズ、「六次産業の先進事例」、そのへんまでが出来るとこかな-。それはそれでいいんですけど、生き残るだけで大変ですし、、。

ちなみに、この章はこう締めています。

・・・つまり資本主義は市場原理を追求して行きついたあげく、結局は市場原理の制限を目指しているといった側面も見受けられる。ということになると、古い共同体をもとに成立している大熊のカツオ船が、実は時代の先端を走っているということになりはしないか。

 

P.S.猛司兄、メッセージありがとうございます(紹介に入ってます)。飲める日を楽しみにしてます。

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